サントリーホールディングス代表として君臨する佐治信忠氏。日本を代表する億万長者のひとりとして成功を築き上げてきました。この記事では、そんな佐治信忠氏の資産や年収を紹介します。
佐治信忠氏の資産
アメリカの経済誌『フォーブス』によると、佐治信忠氏の2023年の資産は1兆4500億円です。これは日本人の中で第4位に当たり、前年の1兆2020億円から1年で約2500億円も資産を増加させています。過去にない大幅な増加は、コロナ後のリバウンド需要が主な要因のようです。
『フォーブス』発表のデータを元に作成した佐治忠信氏の資産
ただし、5年前と比べると佐治忠信氏の資産は減少しています。これはブランド戦略の失敗ではなく、コロナの外出規制によるサントリーの売り上げ減少が主な原因と見られ、2018年の1兆8850億円と比べると約25%も少ない額となっています。
佐治信忠氏の資産は1兆円超え
それでもなお1兆円超えの資産を有しており、一般的な感覚からすると億万長者なのは間違いありません。2013年には同ランキングで2位に着けており、その後一貫して5位圏内に留まり続けています。
一部の情報源は佐治信忠氏の個人資産は2兆円を超えているとしており、16兆円という数字を挙げる人もいます。これらの情報が正しいかどうかは定かではありませんが、『フォーブス』のような公式データに表れない資産があるのは間違いないと見ていいでしょう。
資産の内訳
『フォーブス』の資産額は身内や親族の資産を合算した値のため、佐治忠信氏の資産も相続したものが大部分を占めると思われます。一説には一族共有の資産が6000億円以上あるともされており、初代の鳥井信治郎氏から3代目の佐治氏まで、一族で莫大な資産を築き上げてきたことがわかります。
佐治忠信氏が保有するサントリー株は全体の約5%で、これは株数総数から換算すると24000万株を保有していることを意味します。現在のサントリーの株価は4434円のため、単純計算で1,064億円相当の価値があると言えます。
創業者家族全体の保有株を合算すると、莫大な額になると言えるでしょう。サントリーの個人株主はほぼ全員が家系内の人物とされており、筆頭株主の鳥井春子氏(鳥井氏の長男の妻)は9%以上の株を保有していると言われています。
佐治信忠氏が資産を総取りしているということは全くなく、サントリーは「企業は利益の1/3を社会に還元すべき」という鳥井氏の理念に基づいて設立された財団組織に利益を還元しています。大企業ならではのスケールの大きな取り組みですが、佐治信忠氏の舵取りが日本社会全体に大きな影響を与えているのは間違いないでしょう。
佐治信忠氏の年収
佐治信忠氏の年収は24億円程度とされています。これは佐治氏一族の資産管理団体である「寿不動産」の2008年の配当収入を基にした値で、佐治氏だけでなく家族全体での年収と言った方が正しいかもしれません。最新の配当額は定かではありませんが、いずれにしても億単位の収入があるのは間違いないとみていいでしょう。
佐治信忠氏の年収は24億円程度
24億という数字は、日本の実業家の中でも高給取りの部類に入ります。参考までに、日本人事業家で最も多くの報酬を受け取っている柳井正氏(ユニクロ会長兼社長)は105億1400万円、2位の孫正義氏(ソフトバンク会長兼社長)は104億200万円を受け取っています。
『東洋経済新報』が発表した「収入多い経営者ランキング」に佐治信忠氏の名前はありませんが、仮にランキング入りを果たしたとすると順位は7位となる見込みです。上下は荒井正昭氏(オープンハウス社長)や金綱一男氏(新日本建設会長)など錚々たる顔ぶれで、佐治信忠氏は年収面でも日本を代表する実業家だと言えるでしょう。
サントリーホールディングス
佐治信忠氏が代表を務めるサントリーホールディングスは、年収の高い企業としても知られています。サントリーの基本情報をまとめてみました。
会社名 | サントリーホールディングス(株) |
設立年 | 2009年 |
本社所在地 | 大阪市北区 |
資本金 | 7,000億円 |
社員数 | 1,213人 |
平均年収 | 約1100万円 |
社員の平均年齢は45歳で、1100万円という数字は大企業の中でも高い部類に入るでしょう。上記のデータは上場企業に義務付けられている有価証券報告書の内容を参照したものですが、一般の企業情報サイトでも平均年収は771万円、年収範囲は340〜1500万円という数字が確認できました。
これは正社員の給料を対象としたもので、職務別では企画が最も多く1011万円、マーケティングで865万円、営業で682万円となっています。他のサイトでは平均年収が900〜1,000万円、年齢別では50代が最も多いというデータが確認できます。
役員や佐治信忠氏の年収は反映されていないと思われるため、一般的な社員が受け取る最高額としては企業情報サイトが挙げる1000〜1050万円が妥当と言えるかもしれません。いずれにせよ、サントリーは佐治忠信氏の資産額を反映した高給を提供している会社だと言えるでしょう。
佐治信忠氏の生い立ち・経歴
佐治信忠氏の母校、慶應義塾大学(出典:kanesue, CC BY 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0>, via Wikimedia Commons)
本名 | 佐治信忠 |
親 | 佐治敬三(サントリー第2代社長) |
生誕地 | 兵庫県 |
生年月日 | 1945年11月25日(77歳) |
出身校 | 慶應義塾大学経済学部 |
佐治信忠氏は、サントリー2代目社長である佐治敬三氏の長男として生まれました。兵庫県内の高校通った後、大学進学を契機に上京。MBAで有名な慶應義塾大学の経済学部でビジネスを学びます。大学卒業後はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で経営学修士を取得し、その後ソニーに入社します。
社風が合わなかったのか、3年後の1974年にソニーを退社。同年に実親が社長を務めるサントリーに入社します。その後15年でサントリー副社長まで登りつめ、12年後の2001年には社長に就任します。親・佐治敬三氏亡き後にはサントリーの舵取りを務め、2009年の持株会社化後には社長に再度就任しました。
その後の2014年には会長に就任し、現在までこのポストを務め続けています。順調なキャリア形成は、同族企業ならではの安定感がもたらしたものと言えるでしょう。
苦しい時でも、親分は明るくないとダメ。トップは会社に勢いをつける存在なんだから –佐治信忠
その一方で、サントリー入社後は逆境を何度も乗り越えてきた過去があります。苦しい時に弱音をはかず、「アカンかったら、しゃーない」をモットーに逆境をはねのけてきた佐治信忠氏は、気楽に構えることで並外れた成長を可能にしてきたと言えるでしょう。
なお、海外でMBAを取得した経緯から、SWOT分析などの戦略なども、企業経営に役立てていたと考えられます。
佐治信忠氏の成功術
サントリーの経営を通じて資産を築き上げてきた佐治信忠氏ですが、成功の秘訣はあるのでしょうか。「アカンかったら、しゃーない」を口癖に大胆な戦略転換を繰り返した佐治信忠氏。成功術をポイントごとにまとめて紹介します。
歯に衣着せぬ物言い
佐治信忠氏は、非常に率直で思っていることをそのまま口にする人だと言われています。これは実親譲りのようで、佐治敬三氏も1988年に東北地方の人々を貶す発言をして不買運動を引き起こしています。
仙台遷都など阿呆なことを考えてる人がおるそうやけど、(中略)東北は熊襲の産地。文化的程度も極めて低い。
— サントリー社長 佐治敬三、JNN報道特集 1988年2月28日
佐治信忠氏がこのような中傷的な発言をした事実はなく、率直な物言いは好感を持って受け止められることが多いようです。2011年の東日本大震災の時にも「自粛を続けていては経済が活性しない」と述べるなど、経営者の目線から問題に切り込んでいく姿勢を明らかにしています。
家族経営からの脱却
前述の通りサントリーは佐治家が代々継いできた同族企業です。そのため、佐治信忠氏が社長の座を退いた際も家族内から後続の経営者が出るものと目されていました。ところが、佐治忠信が社長に任命したのは「部外者」の新浪剛史氏。佐治氏と同じ慶應義塾大学出身の新浪氏は、並外れた行動力と国際力の高さで佐治氏の信頼を勝ち取ったようです。
従来の一族路線から脱却することで、実力重視の柔軟な会社運営が可能になったと思われます。こうした型にとらわれない経営手法は現代の成功者に共通して言えることで、佐治氏が築き上げてきた資産は大胆な戦略が功を奏した結果と言えるでしょう。
柔軟かつ大胆な方針転換は、1979年の海外事業立て直しの時に威力を発揮します。当時、サントリーインターナショナルの社長を務めていた佐治信忠氏は「ウイスキーが売れないのなら、ミドリを売ろう」と発言し、商品ラインナップを再編成することで経営を持ち直しました。
「利益三分」主義
前述のように、サントリーは利益の三割を社会に還元する「利益三分主義」を掲げています。「サントリー美術館」など、利益と全く関係のない社会福祉・文化貢献活動を続けており、佐治信忠氏もこの路線にしたがって積極的な社会貢献を続けています。
サントリーは「扱っている商品自体がメッセージを持っている」としており、佐治忠信氏の父親、佐治敬三氏は「サントリー学芸賞」や「サントリー地域文化賞」を創設し、人文科学研究を強力に推進してきました。佐治忠信氏も利益一辺倒ではない姿勢が遊び心のある商品開発にもつながっていると言えます。
「やってみなはれ」精神
創業者鳥井信治郎は、どんな苦境に陥ちこんでも自身とその作品についての確信を捨てず、そして、たたかれてもたたかれてもいきいきとした破天荒の才覚を発揮しつづけた人であった。 それを最も端的に伝える言葉として彼がことあるごとに口にした日本語が『やってみなはれ』である。
「やってみなはれ」とは、佐治信忠氏の祖父にあたる鳥井信治郎氏の経営理念を体現する言葉です。サントリーが創業100年を経た今も大企業として存在しているのは、直感を大切にする会社理念が生き続けているからだと言えます。
佐治信忠氏も、大胆なアイデアを実行に移すことで成功を掴んできました。日本にバー文化を広めた『ザ・カクテルバー』、発泡酒人気を牽引した『ホップス<生>』、日本一うまいビールとして知られる『ザ・プレミアム・モルツ』、清涼飲料販売記録を塗り替える大ヒットとなった緑茶『伊右衛門』など、佐治氏が経営に直接関与するようになってからのサントリーの躍進は見紛うほどのものです。
社員からの提案には、「納得できなくても熱意があればゴーサインを出す」としており、直感重視の姿勢は特有の会社文化を形成していると言えます。その一方で苦境の時には同僚・社員を積極的に励ますなど、地に足の着いた温かい人柄もビジネスの成功につながっていると言えるでしょう。
佐治信忠氏から学べること
業界関係者からも「ヒゲのジュニア」の異名で呼ばれるなど、信頼の厚い佐治信忠氏。裏表のない性格と確かな経営手腕は、個人資産を1兆円まで拡大するのに不可欠だったとも言えます。
大胆な足取りに反して、海外でしっかり経済を勉強するなど実直な面も光ります。起業の方法を模索しているという人は、こうした二面性のある経営手法が参考になるのではないでしょうか。